戦士のズル休み | 過去の記事プレイバック



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2013.04.02

過去の記事プレイバック 「社長がゴーイングマイウェイな話」

 

 

 

こんばんは(´∀`)

いつもこの変態ブログへお越しいただき、

誠に有難うございます(=^0^=)

 

今日は2012年3月1日の記事の再掲載、

「社長がゴーイングマイウェイな話」でお楽しみください。

 

 

 

 

 

 

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5~6年前、蒸し暑い、ある夏の日の話。

 

その日は仕事が早く終わりそうだった。

 

「○○さん、帰りパチンコ行かないっすか」

 

「あ~、オレ給料前で金ないからなぁ」

 

もう皆、早く仕事を終わらせて帰ることしか頭にない。

しかし…

 

 

そんなウキウキムードをぶち壊す、悪夢のような一本の電話。

 

「社長が今から来るから、みんな待ってろって」

 

「何ですとォーーーーーー!!」

 

 

 

普段は本社でドッシリと構えている社長は、

ウチの営業所には月に1~2回程度しか来ない。

大抵は朝礼に顔を出して訓示など述べられるのだが、

夕方~夜に来て、

全員集めてミーティングというのは極めて稀だ。

何か重大な発表があるに違いない。

どんな話があるのだろうかという不安と、

それじゃ今日は早く帰れないじゃん、という落胆。

たちまち事務所の雰囲気は通夜のように重くなった。

 

 

 

 

本社からウチの営業所まで、車で1時間半~2時間はかかる。

夕方の混雑時はもっとかかるかも知れない。

 

「社長、何時ぐらいに来ますかねえ」

 

残務処理が残っている社員以外は、

皆空気の悪い事務所から外に出た。

 

 

 

 

1時間経過。

作業用の台車に腰掛け、社長を待つ。

 

「社長来ないっすねえ」

 

「まだ来ないでしょ」

 

「何時ごろ来ますかねぇ」

 

「7時半ぐらいかなあ」

 

 

 

 

 

 

2時間経過。

 

「社長来ないっすねえ」

 

「腹減ってきたなぁ」

 

「もうブッちぎっちゃおうか」

 

「俺一人いなくてもバレないですかねえ」

 

社長だからなぁ。

とにかく待つしかない。

 

 

 

 

 

2時間半経過。

外はすでに真っ暗だ。

その時、濃紺の高級車が右ウインカーをチカチカさせながら入ってきた。

社長だ。

 

「ようやくおいでなすったよー」

 

皆ノロノロと事務所に戻った。

 

社長 「おー、お疲れさん」

 

満を持して社長登場。

事務所に入るなり、営業所長を捕まえて商談席で話し始めた。

 

すいません、後にしてもらえませんか。

 

皆お腹すかせて待ってたんですけど。

神々しささえ漂う程のKYっぷりだ。

 

 

社長 「じゃあ、みんな集まろうか」

 

ようやく会議室に全員集合。

前述した通り、このようなケースは極めて稀だ。

当時ウチの営業所は売り上げが振るわず赤字状態。

もしかして営業所閉鎖の発表か?

そこまでいかなくとも、リストラの話かも知れない。

それまでのダルい空気が一変、

事務所は緊張に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

社長の話は10分程度で終わった。

その内容を要約すると、

 

「みんな~、

体に気をつけて、仕事がんばってネ♪」

 

という内容だった。

アンタそれだけ言うために、2時間半もかけて来たんスか?

そのために散々待たされた俺たちって一体…

 

 

 

 

 

 

 

 

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社長は相変わらず、ケチで頑固で困ったちゃんです (+o+)


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2013.02.22

過去の記事プレイバック 「一度だけJリーグ観戦に行った話」

 

 

こんばんは(´∀`)

 

すいませんm(_ _)m

今日はブログのネタがありませんので、

1年前の2012年2月14日の記事、

「一度だけJリーグ観戦に行った話」

でお楽しみください_(._.)_

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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15~16年ほど前の話。

社会人1年生だった自分は、

毎日上司に怒られながらも仕事に勤しんでいた。

 

 

 

そんなある夏の土曜の午後、

仕事中、事務員さんに呼び出された。

珍しい。自分に電話だ。

 

「もしもし、お電話かわりました」

 

「ああ、オレオレ。元気?

 今からJリーグ見に行くけん、迎えに来て」

 

「はァ???」

 

そういえば会社の電話番号教えてたっけか。

電話をかけてきたのはコンビニのバイト関係で知り合ったO君。

自分より年下なのにタメ口をきいてくる、

今で言うところのチャラ男だ。

 

て言うかこっちは仕事中なんスけど。

まず上司が許可するはずがない。丁重に断ろう。

するとO君、

 

「オレの女友達、2人連れてるんだけど。

足がないから頼むよ」

 

…それを先に言え (*^^*)

 

怖い上司に適当な理由をでっち上げて早退することに成功した。

ちなみにO君が「足がない」と言ったのは、

彼は確か免停中で、連れの女の子は2人とも無免許だからだ。

 

すると俺はアッシー君(死語)か!!

 

しかし自分の分のチケットもあるとの事。とにかく急ごう。

 

 

 

集合場所まで車で1時間。

3人を車に乗せて、そこからスタジアムまで1時間。

カードは横浜マリノスアビスパ福岡

スタジアムは超満員だ。

 

 

 

当時のJリーグ人気は言わずもがな、

観客の注目の的はマリノスのGK、川口能活だ。

その時はアトランタオリンピック、

対ブラジル戦での鬼神のような活躍がまた記憶に新しく、

またご本人もかなりのイケメンであることから、

日本サッカー界のヒーローと言える存在だった。

O君の連れの女の子たちも川口だけが目当ての様子。

 

にわかミーハーJリーグファンキター!!!

 

自分たちの席はアビスパのサポーター席のすぐ側。

想像以上にアビスパのサポーターが怖い。

まぁぶっちゃけ自分はそれほど興味もなかったので、

淡々と観戦していた。

 

 

 

自分たちの席からは、

縦横無尽に走り回っている選手たちが誰が誰なのか遠くてわからない。

ただ一人、当時アビスパにいたマラドーナの弟だけは、

背格好とか動きとか、

色んな意味で特徴的だったのでよくわかった。

 

 

 

それにしても川口の人気が凄まじい。

彼が動くたびにスタジアムはフラッシュと歓声の嵐。

連れの女子2名、

「ここからじゃ良く見えない」と客席前列まで川口を見に行った。

せっかくなので自分も一緒に、前列までヒーローを見に行った。

 

 

 

試合はアビスパの攻勢、マラドーナ弟がドリブルで突撃してきた。

マリノスDF陣がぶつかってもビクともしない。

恐ろしいほど足腰が強靭だ。

マリノスDF陣へGK川口、懸命のコーチング。

 

「オイ! 井原ァーーーー!!!!」

 

ちょっと待って。

確か井原って先輩じゃなかったですか?

 

 

 

 

そろそろサポーターが怖いので、おとなしく自分の席に戻った。

と、ここでハプニング発生!

ゴール前で川口が相手選手と接触してしまった。

試合中断。どうやら負傷したようだ。

担架で運ばれていく川口。

そして川口を見に来ていた観客大落胆。

自分たちの連れの女子2名も、

唯一にして最大の目的を失い、項垂れる。

試合は中断したままだ。

 

 

 

数分後、再び歓声が。どうやら川口が復帰したようだ。

しかし間もなくスタジアムにどよめきが。

 

姿を現したGKは川口ではなく、

同じ格好をした別の選手だったのだ。

 

結局、最後まで川口は姿を見せることはなかった。

もう試合の結果も覚えていない。

それ以降、一度もスポーツ観戦に足を運んだことはない。

 

 

 

 

 

 

 

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この話に登場するO君は家庭環境が複雑で、

「自分は中絶される寸前だった」という話をしていました。

当時はよくつるんでいましたね~

化粧品の訪問販売の仕事をしていたみたいですが、

現在は音信不通で、どうしているのかは不明です。


2012.11.06

過去の記事プレイバック 「小浜町に大統領キター!!!」

 

 

こんばんは( ノ゚Д゚)

前回の記事では、

たくさんのコメントありがとうございました!

 

この勢いで今日も新作ネタで・・・と行きたいところですが、

すいません、

今日はサボらせてくださいm(_ _)m

 

 

今日は2011年10月25日の記事、

「小浜町に大統領キター!!!」でお楽しみください。

アメリカ大統領選も迫っていますし、

ネタ的にもタイムリー、かな?

 

 

 

 

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長崎県雲仙市小浜(おばま)町。

 

実家に帰る途中で必ず通るんですけど、

なかなか立ち寄ることがなかったので、

久しぶりに車を停めて散策してみました。

 

CIMG2991

旅館やホテルが立ち並ぶ、九州屈指の温泉街です。

 

 

 

CIMG2986

海浜公園。

潮風と海の香りが心地良いです。

 

 

 

CIMG2987

その反対側に目を向けると…

どこかで見たような建物が。

 

 

 

CIMG2990

ここはもしかして

ホワイトハウスですか??

 

 

 

CIMG2989

ここはどうやらホワイトハウスに間違いなさそうです。

(ホワイトハウスの屋根って瓦だったかな?)

実家に帰るつもりが、

どう迷ったのかワシントンまで来てしまいました。

 

するとやっぱり、あの人がいるんですかね?

 

 

 

CIMG2988

 

YES WE CAN!!

 

そこには満面の笑みを浮かべる大統領の姿が。

倹約家で知られる(?)大統領は、

安そうなスーツをクールに着こなすナイスガイでした。

 

しかし顔は似ていると思うのですが、

ハロウィーンの帽子をかぶっているために、

イマイチ誰なのか解りづらいかも知れないです。

大統領就任時のインパクトも薄れてきてますしねぇ。

 

小浜(おばま)→オバマ

アメリカのオバマ大統領の人気に肖ろうということなのでしょうか。

福井県にも小浜町ってあるんですよね。

そちらにもホワイトハウスがあるんでしょうか?

2012.10.20

過去の記事プレイバック 「父とタイタニックの話」

 

 

こんばんは(´∀`)

週末に手抜きで申し訳ありませんm(._.)m

今日は2011年10月19日の記事

「父と映画の話」でお楽しみください。

「タイタニック」を観た父の感想です。

 

 

 

 

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「タイタニック」は今調べてみたら1997年の映画ということなので、

今から15年ほど前の話になりますね。

 

 

 

現在は悠々自適の年金生活をしている父も、

まだ当時は働き盛りでした。

父は船(タンカー)乗りで、

世界中を回っているために一度乗船すると1~2年帰ってこないのはザラで、

湾岸戦争の時は石油を汲みに危険な某中東国へ赴き、

当時の総理大臣から感謝状を貰いました。

 

 

 

話がそれちゃいましたが、

「タイタニック」がテレビのロードショーはおろか、

ビデオレンタルでもまだ出ていない頃、

仕事先のシンガポールから帰ってきた父は、

現地の映画館で「タイタニック」を見たという話を始めました。

 

「タイタニック」といえば、

主演のレオナルド・ディカプリオの人気、切ないラブストーリー、

大迫力の遭難シーンと三拍子揃った当時の屈指の人気作です。

「タイタニックはまだ見ていない」という自分や母を尻目に得意げな父。

 

「まず最初にな、『T2』ってバーン!と出るんだよ」

 

 

え???

 

もしかしてそれは

 

「ターミネーター2」

 

じゃないですか??

 

 

結局父が見たのは「タイタニック」ではなかったのですが、

それから数年後、ようやくテレビで「タイタニック」を見たとき父は

女優のオッパイの話しかしませんでした。

物話とかはどうでもよかったみたいです。

元々父は戦争映画が好きで、

ああいうのはちょっと退屈だったかもしれません。

2012.10.06

過去の記事プレイバック⑧ 「ばぁちゃんのオムレツ」

 

 

 

こんばんは (´∇`)

連休で週末なのに過去の記事なんですが・・・

今日は2011年9月11日の記事「ばぁちゃんのオムレツ」を加筆、

再掲載します。

優しかった祖母との思い出の話です。

 

 

 

 

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子供の頃、母が急用で留守になると、

祖母が夕食にオムレツを作ってくれた。

油がスープのように皿からギトギトに溢れそうな、

見た目も悪いし体にも悪そうなオムレツ。

 

でも自分は祖母のオムレツが大好きだった。

挽肉の一粒も残さずに食べた。

さすがにあの油までは飲まなかったが。

 

 

 

最後に祖母のオムレツを食べたのは、

高校生の時だっただろうか。

自分も高校を卒業すると実家を離れてしまい、

たまに帰省した時は母が料理を作ってくれたので、

それ以降、祖母のオムレツを食べる機会はなかった。

 

 

 

自分が就職して大きい保冷車を運転する姿を見て、

あの泣き虫だった孫がようやく一人前になったと、

祖母も喜んでくれていた。

 

しかし、その時既に祖母の体は癌に蝕まれていた。

 

自分も就職したばかりだったので、

仕事に集中できるようにとの配慮からか、

祖母の体のことはギリギリまで聞かされていなかった。

 

それから何度も病院にお見舞いに行ったが、

母も多くを語らなかった。

自分も祖母はそのうち退院できるだろうと思っていた。

 

 

 

それから数か月後、

病室の窓から差す木漏れ日が暖かい初春の午後。

モルヒネの副作用か、祖母は正気を失っていた。

それを見て全てを悟った自分は涙が止まらなくなっていた。

そんな自分の手を握り、祖母は錯乱しながらも「泣くな」と言ってくれた。

それから5日後の朝、祖母は静かに息を引き取った。

 

 

 

通夜も葬式の時も、自分は涙は流さなかった。

祖母との最後の約束だったからだ。

兄は大泣きしていた。

祖母の死に目にあえなかったことを悔やんでいたようだった。

 

 

 

あれから15年。

未だに独り身で自炊もできない自分は、

ふと祖母が作ったオムレツが食べたくなる時がある。

油がギトギトの「ばあちゃんのオムレツ」。

あれを二度と食べられないと思うと、寂しい。

 

 

 

 

grm

祖母と一緒に撮った、最後の写真です。


まとめ