戦士のズル休み | ばぁちゃんのオムレツ



フォローしてね!

2011.09.21

ばぁちゃんのオムレツ

子供の頃、母が急用で留守になると、

祖母が夕食にオムレツを作ってくれた。

油がスープのように皿からギトギトに溢れそうな、

見た目も悪いし体にも悪そうなオムレツ。

でも自分は祖母のオムレツが大好きだった。

挽肉の一粒も残さずに食べた。

さすがにあの油までは飲まなかったが。

 

最後に祖母のオムレツを食べたのは、

高校生の時だっただろうか。

自分も高校を卒業すると実家を離れてしまい、

たまに帰省した時は母が張り切って料理を作ってくれたので、

それ以降、祖母のオムレツを食べる機会はなかった。

 

 

自分が就職して大きい保冷車を運転する姿を見て、

孫がようやく一人前になったと、

祖母も喜んでくれていた。

しかし、その時既に祖母の体は癌に侵されていた。

 

自分も就職したばかりだったので、

仕事に集中できるようにとの配慮からか、

祖母の体のことはギリギリまで聞かされていなかった。

何度も病院にお見舞いに行ったが、

母も多くを語らなかった。

自分も祖母はそのうち退院できるだろうと思っていた。

 

それから数か月後。

病室の窓から差す木漏れ日が暖かい初春の午後、

モルヒネの副作用か祖母は正気を失っていた。

それを見て全てを悟った自分は涙が止まらなくなっていた。

そんな自分の手を握り、祖母は錯乱しながらも「泣くな」と言ってくれた。

それから1週間後、祖母は息を引き取った。

 

通夜も葬式の時も、自分は涙は流さなかった。

祖母との最後の約束だったからだ。

兄は大泣きしていた。

祖母の死に目にあえなかったことを悔やんでいたようだった。

 

 

あれから15年。

未だに独り身で自炊もできない自分は、

ふと祖母が作ったオムレツが食べたくなる時がある。

油がギトギトの「ばあちゃんのオムレツ」。

あれを二度と食べられないと思うと、寂しい。

スポンサーサイト

この記事へのトラックバックURL
http://maegata.blog100.fc2.com/tb.php/117-2153fd66
この記事へのトラックバック
この記事へのコメント
らすとばあちゃんの面白エピソードが何個かあるがいつか披露したいものだ
ところでらすよ、ひさしぶりのごっかぶりにいっしょんねよだい
Posted by 兄 at 2011.09.21 22:03 | 編集
こんばんは。
心が温かくなるお話でした。
ちょっと私も涙ぐんでしまいました。。。
思い出の味…ずっと忘れられないものですね。
Posted by ウィンド at 2011.09.21 22:50 | 編集
>兄
葬式の日の朝、
ばあちゃんの顎に髭が生えていたのを覚えています。
あの時は「死んでも毛は生えてくるんだな」って思った。
Posted by らす at 2011.09.22 18:15 | 編集
>ウィンドさん
コメントありがとうございます。
祖母も生きていれば今頃は90歳前後ぐらいだと思います。
今の高齢化の世の中で70代は早かったねと、
通夜に来てくれた方皆言われてました。
祖父は自分が生まれる前に他界していたので、
祖母は今までで唯一経験した身内の死でした。
Posted by らす at 2011.09.22 18:23 | 編集
こんな話を聞いた事があります。
出来ちゃった婚で、親が結婚を
反対した時の、決めセリフ・・・
「孫を抱かせてあげないから!」
これで、ほぼ100%、親を落と
せるそうです。
Posted by 砂まじりの茅ヶ崎 at 2011.09.22 23:15 | 編集
> 砂まじりの茅ヶ崎さん
自分の昔の知り合いで、
自分は出来ちゃった婚の、
その「出来ちゃった子」だったという人がいました。
自分はもしかしたら中絶されていたかも知れないと言ってました。
彼は当時は独身でしたが、
結婚したら披露宴で親に
「産んでくれてありがとう」と言うつもりだ、
と言ってました。

自分はたぶん…出来ちゃった婚は、無いと思います。
Posted by らす at 2011.09.23 20:46 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
まとめ