戦士のズル休み | 偏食王子だった少年時代の話



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2011.11.02

偏食王子だった少年時代の話

タイトル通り、

子供の頃はとにかく好き嫌いが激しく、

親も手を焼いていました。

 

まず野菜が全部ダメ。

母親も自分の好き嫌いをなくそうと、

かなりスパルタ気味に食べさせられました。

キャベツの千切りにマヨネーズをたっぷりかけても、

食べるときは涙がポロポロ出ました。

 

よくテレビで子供が苦手な野菜等を食べやすいように、

お母さんが工夫して料理しているのを見ますが、

ウチの母はそういうことは一切なく、

ピーマンを適当に切って

ただ炒めただけの物を

しかもガッツリ山盛りで、

「黙って食え」

これって何の罰ゲーム?

みたいなことは日常茶飯事でした。

実家に帰ると今でも出ますね。

最近は量は若干減りましたが、

あれだけは今でも目の前にドンと出されると目が回りそうになります。

ピーマンとかゴーヤとか苦い系は今でも苦手です。

 

しかし、そんな母のアルティメット野菜炒めを

ウチの兄は美味しそうにバリバリ食べます。

野菜が食べられない自分とは対照的でした。

 

好き嫌いに関しては兄からも結構うるさく言われてましたね。

鼻をつまみながら初めて椎茸を食べたときも、

「どうだ、食ってみると美味いモンだろう」

「チクショウ椎茸食えるからって偉そうに」

って心の中では思ってましたね。

 

しかしそんな兄にもひとつだけ弱点がありました。

今はどうか知らないですが、

兄はカボチャが苦手で、夕食の時は自分にそっと回してきました。

自分はカボチャだけは何故か最初から全然平気だったんですね。

 

それだけ好き嫌いが激しいと、

学校の給食なんてもう毎日戦争でしたね。

特に小4の時の担任が厳しくて、

自分ともうひとりT君と2人、

昼休みはいつも居残りで給食とにらめっこでした。

結局最後まで食べませんでしたけど。

 

兄にコメ欄で書かれそうなので先に書いちゃいますが、

苦手な給食(漬物)をポケットに隠して持って帰ってきたこともありました。

あの時はもう股の辺りがただれちゃってヒリヒリしましたね。

 

高校を出てから寮生活をしていたこともあって、

現在では大抵の食べ物は食べられるようになりました。

最近はコッテリ系ばかりだとお腹がもたれちゃって、

逆に生野菜が欲しくなります。

この歳になってようやくベジタリアンに目覚めつつある今日この頃です。

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この記事へのコメント
こんばんは(^-^)
私も子どもの頃は好き嫌いが多かったです。
後から考えると“食わず嫌い”の場合が多いのですが…。
給食もあまり食べられませんでした。
大人になってからは食わず嫌いはなくなりましたが、
椎茸などキノコ類は変わらず苦手です(^^;
Posted by ウィンド at 2011.11.02 01:10 | 編集
カボチャは天ぷらだったらおいしく頂けるようになりました

らすは皿に盛られたキャベツの千切りトマト2切れキュウリの塩揉みにいっこうに箸を付けない
「食べきらん~」涙ぐみながら訴えるらすに「黙って食べなさい」と母
シクシク泣きながらマヨネーズをアホほどかけるらす
「そがん(そんなにマヨネーズを)かけたら余計食われんごてなるやろで」と兄
そこに今は亡き祖母がおどろきのひとこと「兄ちゃんにちょっと食うてもらえ」
らすは「泣いてばあちゃんに助けてもらう」をよく使っていたのだ

らすのズボンのポケットには他にもカマキリの卵、だんごむしなども入っていた

Posted by 兄 at 2011.11.02 20:34 | 編集
>ウインドさん
キノコ系は自分の周りでも苦手な人は多いですね。
自分は茄子、ウニ、キムチが「食わず嫌い」です。
茄子とウニは見た目、キムチは臭いがダメですねえ。


>兄
カマキリの卵は家の中で孵化して大変でした。
小さいカマキリの幼体が虫かごの網の隙間からウヨウヨと…
Posted by らす at 2011.11.03 23:51 | 編集
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