戦士のズル休み | 過去の記事プレイバック⑧ 「ばぁちゃんのオムレツ」



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2012.10.06

過去の記事プレイバック⑧ 「ばぁちゃんのオムレツ」

 

 

 

こんばんは (´∇`)

連休で週末なのに過去の記事なんですが・・・

今日は2011年9月11日の記事「ばぁちゃんのオムレツ」を加筆、

再掲載します。

優しかった祖母との思い出の話です。

 

 

 

 

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子供の頃、母が急用で留守になると、

祖母が夕食にオムレツを作ってくれた。

油がスープのように皿からギトギトに溢れそうな、

見た目も悪いし体にも悪そうなオムレツ。

 

でも自分は祖母のオムレツが大好きだった。

挽肉の一粒も残さずに食べた。

さすがにあの油までは飲まなかったが。

 

 

 

最後に祖母のオムレツを食べたのは、

高校生の時だっただろうか。

自分も高校を卒業すると実家を離れてしまい、

たまに帰省した時は母が料理を作ってくれたので、

それ以降、祖母のオムレツを食べる機会はなかった。

 

 

 

自分が就職して大きい保冷車を運転する姿を見て、

あの泣き虫だった孫がようやく一人前になったと、

祖母も喜んでくれていた。

 

しかし、その時既に祖母の体は癌に蝕まれていた。

 

自分も就職したばかりだったので、

仕事に集中できるようにとの配慮からか、

祖母の体のことはギリギリまで聞かされていなかった。

 

それから何度も病院にお見舞いに行ったが、

母も多くを語らなかった。

自分も祖母はそのうち退院できるだろうと思っていた。

 

 

 

それから数か月後、

病室の窓から差す木漏れ日が暖かい初春の午後。

モルヒネの副作用か、祖母は正気を失っていた。

それを見て全てを悟った自分は涙が止まらなくなっていた。

そんな自分の手を握り、祖母は錯乱しながらも「泣くな」と言ってくれた。

それから5日後の朝、祖母は静かに息を引き取った。

 

 

 

通夜も葬式の時も、自分は涙は流さなかった。

祖母との最後の約束だったからだ。

兄は大泣きしていた。

祖母の死に目にあえなかったことを悔やんでいたようだった。

 

 

 

あれから15年。

未だに独り身で自炊もできない自分は、

ふと祖母が作ったオムレツが食べたくなる時がある。

油がギトギトの「ばあちゃんのオムレツ」。

あれを二度と食べられないと思うと、寂しい。

 

 

 

 

grm

祖母と一緒に撮った、最後の写真です。

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